小学校でダンス教える暇がったら演歌教えろや!
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001 2026/03/24(火) 08:48:06 ID:pqu2PMFIQI
演歌が絶滅したらどないするんでぇ、こんたわけ!
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002 2026/03/24(火) 09:32:55 ID:Pv3aOJVikA
003 2026/03/24(火) 09:35:16 ID:Ucndp0pICk
酒宴の場では良い雰囲気をかもし出すが
ヘッドフォーンでは聞きたくない
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004 2026/03/24(火) 10:27:50 ID:dMg2vopPvw
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「演歌」の始まりは、19世紀末の自由民権運動である。藩閥政府に反発する公開演説会に対する当局の監視が強くなった時、圧力をかわすために政治を風刺する歌(プロテストソング)として「演説歌」が生まれた。その流行歌の始まりとなった「オッペケペー節」は、現代の保守的な演歌とは似ても似つかないものであった。リズミカルでメロディーを持たない、アナーキーな節は現代のラップに近かった。
1970年ごろから「民謡調」「浪曲調」「ナツメロ」「ムード歌謡」「流しが歌った歌」という「古くさい」とされた楽曲を総称して「演歌」と呼ぶようになる。1969年にデビューした藤圭子は、不幸な生い立ちと歌唱で演歌のイメージを決定づけた。国が豊かになるなか貧困層が見過ごされる時代に、藤の「怨歌」は好評を得た。1970年版の『現代用語の基礎知識』では「演歌(艶歌)」の項目が立てられ、藤のブレイクに伴って「演歌」が世間一般の知名度を得る。同年、オリコンが「演歌ランキング」の集計を開始し「演歌」というジャンルが確立された。藤のブームにより若者にも演歌が受け入れられ、若者向けの雑誌でも演歌歌手が多く取り上げられた。また、グループサウンズや青春歌謡の歌手も、演歌に寄せた曲を発表した。
日本レコード協会の「2015年 度よく聞く音楽ジャンル調査」によれば、60代の25.3%、50代の18.7%が演歌・歌謡曲を愛聴しているが、それ以下の世代は10%に満たなかった。4年後の同調査では60代19.5%、50代13.6%となった。 この窮状から政治に支援を求める向きもある。2016年3月、歌手の杉良太郎が長年の友人である二階俊博に依頼したことにより、 議員連盟「演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会(演歌議連)」が発足した。演歌議連発足を受けて、作詞家の及川眠子は「自分たちの不勉強や努力のなさを棚に上げ、国会議員に縋ろうとする意地汚さ。同じ業界に生きる者として恥ずかしい」と非難した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%94%E6%AD%8...
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