長崎県松浦市教育委員会は10日、同市・鷹島沖の海底で発見された鎌倉時代の元寇(げんこう)船の木板に、元
(モンゴル帝国)の年号「至元十二年」(1275年)が墨書されているのを確認したと発表した。元の2度目の来襲
(弘安の役・81年)の6年前にあたり、専門家は「年代的に元寇船であることを裏付ける貴重な文字資料」と評価し
ている。
弘安の役では、中国南部・江南地方などから押し寄せた元寇船約4400隻が鷹島沖で暴風雨に遭い、壊滅したとさ
れる。
木板は2023年に水深約18メートルの海底で見つかった3号船の船倉から、翌24年10月に確認された。縦1
2センチ、横25・2センチ、厚さ0・9センチのスギ属の板とみられ、左右の上端に穴があった。赤外線撮影した文
字を、佐伯弘次・九州大名誉教授(日本中世史)と舩田善之・広島大准教授(モンゴル帝国史)が解読。「至元十二年」
のほか、「無荒」(乱れていない)や「更次」(輪番)とみられる漢字などを確認した。
木板は釘(くぎ)で船内に打ちつけられていたとみられ、市教委は軍の高官に出された公文書の内容や、兵士や船員
への注意事項などを掲示していた可能性があるとしている。
至元12年は、元による最初の来襲・文永の役(1274年)の翌年。この頃、元は江南地方で中国の王朝・南宋を
攻略中で、舩田准教授は「南宋の軍船を元軍が接収して使っていた可能性がある」と指摘している。
木板は28日から5月10日まで、松浦市立埋蔵文化財センターで公開される。
https://news.yahoo.co.jp/articles/115cc30b66e7d536dff99...
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